私が最初に買った車。初めての車。中学生の頃から買うと決めていました。 街で見かけると必ず振り向いていました。 きっかけはやっぱり、ご多分にもれず「よろしくメカドック」だったりします。 免許を取ったのが19歳の初春。学生時代の夏休みを1日も休むことなくバイトに明け暮れ 頭金を貯めて、9月末に念願かなって59年式2000GTを手にいれました。時は1988年、70スープラがマイナーチェンジをした時です。145万円でした。まだ最終型のゲート一体型リアスポイラー付きは高かったです。 |
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しばらくは普通に乗っていましたが、OP誌やCB誌を読むだけ読んで無駄な知識だけはついていたので、お金を貯めて足回りとマフラーを替えました。 マフラーはタナベのリミット車検対応。XXで最初の車検対応だと記憶しています。 マフラーを替え、排気音の変わった時の感動は、今でも思い出します。 足はH150とカヤバの8段調整式です。今となっては微笑ましいですが、ショックのダイヤルをこまめに替えて、「セッティング」を出しているような錯覚に陥っていました。 |
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そして就職。ある程度お金に自由が利くようになると、いろいろいじりたくなってきます。 そんなとき雑誌の個人売買コーナーで「最終型リアゲート」が売りに出ていました。 これは買うしかない、と思って早速連絡を取ったところ、残念ながら買い手がついた後でした。が、その方はこんなことを言いました。「1Gのフルチューンエンジンがあるんですが買いませんか?」 その人はXXでゼロヨンをやっていたとのこと。詳しく聞いてみると、「70の1JZのノーマルなら楽勝。GT-Rもノーマルなら互角」 これには一発でクラッときてしまいました。Rと互角で2.5に楽勝のXXなんて考えただけでも鳥肌が立ちます。 「買います」と返事をして、会社のみんなに手伝ってもらってエンジンを運びました。 乗せ替えは前からお世話になっている地元のショップに頼みました。 ついに乗せ変えも終わり、試運転です。一番驚いたのは、なんといってもウェイストゲートの大気開放音。まさにチューニングカーという感じでした。 |
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さて、こうなると参加したくなります、ゼロヨンに。偶然というか、その当時は地元の工業団地でゼロヨンが盛んだったのです。早速、行ってみました。 ところが、なかなか参加する勇気が沸かないんですよ。当時集まっていた車は、7Mスープラやシルビア、1GGTソアラにFCが速かった感じで、レベル自体はそれほど高くなかったと思います。台数もあまり出ていないので、取りあえず参加の列に並んでみました。 徐々に迫ってくる順番。めちゃくちゃ緊張しました。だだ最初、隣に並んだのがランサーターボだったので、ちょっと安心。ボロ負けはないだろうと。 ところが、並んでいる車の中には前の車がスタートした後に開始線につけないでそのまま走り去る車がいるのです。結局、私の隣には音からして「やっている」という感じのFCが並んでしまいました。 結果は、かなり差をつけられて負けました。スタートがお話になりません。やってはいけないとわかっているのに回転数を上げすぎてホイールスピンをしてしまい、全然グリップしません。今から考えると笑えるのですが、純正の6Jホイールに215のタイヤでは無理ですね。ハイ。 |
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懲りもしないで翌週も参加。ちょっと小雨が降っていましたが、結構台数が集まっています。取りあえず列に並びました。今日の相手はR32のターボ。 さて、スタート。が、が、が、小雨に加えてか細いタイヤ。全然グリップしないうちにせず、一瞬にしてタコメーターが思いっきりレッドゾーンに。 まずい。エンジンをゆづってくださった方から「1Gはレブリミッターがついていないので、オーバーレブだけは気をつけてください」とクギを刺されていました。 が、時はすでに遅し。マフラーから白煙が上がっています。 こうして私の2Gは一瞬にしてブローしてしまいました。組みあがって2週間。走行は数百キロです。 |
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